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@店長の前職(大学教授)時代の担当ゼミ生の『Yゼミ卒業論文集;先ごろ若者気質』
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Bチャイハナの日々 です。
@ではありのままの若者像を、Aでは戦争の時代にあっても明るく過ごした子どもたちの様子を、Bではチャイハナの日々の様子をお伝えしています

2012年07月30日

鳥取大火災・秘話

まるで、昨年の東北大震災のあとのようです。
でも――
60年前の写真です。
1952年4月17日に発生した、鳥取大火災のあとの惨状です。
鳥取大火.jpg
右手に見える白い三階建ての建物は、当時の富士銀行鳥取支店です。
メインストリートの若桜街道を、南からのフェーンにあおられて北進してくる火炎――。
防火壁となって、それを食い止めたのが、この白い三階建てでした。
おかげで、寺町や県庁、わたしの学んだ鳥取大学付属小・中学校などは延焼をまぬがれた、とのことです。

光が丘にお住まいのMさんが、お持ちでした。
富士銀行鳥取支店は、1971年(昭和46年)に閉鎖されました。
そのとき岡山支店にいて、閉鎖を担当したのがMさん。
「閉鎖の記念品として、関係者にお配りした」
とうかがいました。
「白い三階建て」の記録を、歴史に刻んで起きたかったに違いありません。

鳥取大火災は、「市街地のほとんどを焼き尽くし、罹災者2万451人、罹災家屋5,288戸、罹災面積160ヘクタール」(ウィキペディア)という大災害でした。
わたしの家も、焼けました。
鳥取は、1943年(昭和18年)の大震災も経験しています。
posted by chaihana at 13:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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