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@店長の前職(大学教授)時代の担当ゼミ生の『Yゼミ卒業論文集;先ごろ若者気質』
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Bチャイハナの日々 です。
@ではありのままの若者像を、Aでは戦争の時代にあっても明るく過ごした子どもたちの様子を、Bではチャイハナの日々の様子をお伝えしています

2019年10月10日

読書記録 峯村健司著『潜入中国――限界現場に迫った特派員の2000日』

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●主題を持つ ●その主題を粘り強く追及する――ジャーナリストなら当然あるべき姿です。
何よりもまず、そういう姿勢を貫いた著者・峯村健司さんに深い敬意を表します。かつて同じ職業に就いた一人としていえば、羨望に近い敬意です。
 しかも、彼が追った、その主題とは、「中国人民解放軍の実力とは?」ということです。
 日本がいま、深刻に必要としている情報です。
 峯村さんが命がけの取材で行き着いた、「中国人民解放軍の実力」。
そのリアルな姿は衝撃的です。
 峯村さんが本書で暴いたこと――それは従来の陸、海、空に限らず、宇宙、サイバー空間、スパイ網・・・あらゆる領域で展開される、中国の「軍事化」、「軍拡」の現実です。そして、更なる「軍拡」への強い意欲です。圧倒的といいたいぐらいに、強い「軍拡」意欲が描かれています。
このように「軍事」の領域が広がった結果、「戦時と平時」、「攻撃と防御」、「前線と後方」といった、戦争についての従来の概念は消滅した、といってよいでしょう。いつでも、どこでも戦場――それが、いま現在の中国という国の基本です。
そのような「軍事国家」を隣国として持つ。
それが、日本の置かれた現実です。
そのことを前提にするなら、戦争とか外交、国際関係といったことについて、わたしたちは「考え方」を根本的に変えなければなりません。
具体的には、たとえば、「専守防衛」という考え方は成り立つでしょうか?
いや、「常時、守らなければならない日本」、とはいったい何なのでしょう? 
本書は、日本のありようについて、根本から考え直すことを迫っています。そのような意味で、できるだけ多くの日本人に読んで欲しい本だと思いました。

(以下、付録として、現代中国についての、わたしの最近の考えを記してみます)
1) あらゆるメディアに通じることですが、「中国は・・・」という表現は間違っているように思います。古いことばですが、「中共(中国共産党)は・・・」とか、「習近平政権は・・・」といい、考えるべきなのです。
「中国」ということばでわたしが思い浮かべるのは、地図です。そこに暮らす約14億の人々です。しかし、たとえば「中国は香港に警察部隊2万を派遣した」という場合の「中国」とは何なのか?
 15億人の大多数は関係ないことです。中国共産党という権力組織、あるいは、同じことなのですが、最高指導者・習近平を中心とする権力組織が決めたことです。そこのところをはっきりすると、あの国の行動や振る舞いの意味がずっと分かりやすくなる、というように思うのです。
2)「革命は銃口から生まれる」
これは、よく知られるように建国の父・毛沢東のことばです。そのことば通り、中国共産党政権(中共)は銃口から生まれました。「革命を妨げる(と信じた)」内部の敵を倒し、諸軍閥と戦い、旧日本軍と戦い(連合軍が負かせてくれました)、そして国民党軍と戦って成立した政権です。
では、北京に政権を確立し、全国に支配を広げたことで、中国共産党の戦いは終わったのか?
 問題は、そこです。
終わりません。
 戦いは、続きます。
 敵は、権力掌握過程と同様なのですが、二方面にいます。
「内部の敵」と「外部の敵」です。
「内部の敵」とは、(いつ革命を妨げるともしれない)人民です。香港の民衆デモに対する強圧に示されるように、「強権」あるいは「専制」は、中国共産党政権の宿命です。
 もう一つの「外部の敵」が、アメリカをはじめとする諸外国であるのは、いうまでもないでしょう。
 もちろん、日本も含まれます。
3)「少数派政権」ということ
 中国史は、王朝交代(革命)の歴史です。大昔は別にして、主なものだけでも、秦、漢、隋、唐、宋、元、明、清と続いてきました。このうち、元は蒙古族、清は満州族が建てた王朝です。明白な少数民族政権だということができます。その他の政権にしても、地方の小規模な地域勢力として出発し、周辺勢力を押さえ、やがて全土の支配に及ぶという、一般的なパターンが見られます。
 「中共」つまり中国共産党政権もまた、そのような政権のひとつです。つまり、毛沢東のことばにあるように、国民の意思ではなく、銃口で生まれた、少数派支配の政権です。強権は避けられません。
 「国民の支持」がベースにないからこそ、支持されたいという(政権の)欲求も強烈なものがあります。
 どうするか?
 手っ取り早いのは、戦争です。
 しかし、それは犠牲があまりに大きすぎます。
 そこまで至らない範囲で、国民を統合する手段。
 ――敵国を設定し、憎しみを煽り、軍備を増強する。
 そのような「強権」と「軍事化」を基本とする超大国が隣国として存在する。
そのことを現実として向け合うしかないのが、いまのわたしたちの立場なのだということ。それこそが、峯村さんが厳しい取材を通して抉り出した現実なのだと思います。

なお、峯村健司さんは、次回「チャイハナトーク」に登場していただくことになっています。
 10月18日(金)午後2時 (会費1000円)
   タイトル 「中国人民解放軍の実力」
                よろしくお願いします。
posted by chaihana at 15:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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