このブログはおもに3つのテーマがあり

@店長の前職(大学教授)時代の担当ゼミ生の『Yゼミ卒業論文集;先ごろ若者気質』
Aフィールドワークで地域の方々と資料をまとめた『瀬田国民学校 学級日誌』、
Bチャイハナの日々 です。
@ではありのままの若者像を、Aでは戦争の時代にあっても明るく過ごした子どもたちの様子を、Bではチャイハナの日々の様子をお伝えしています

2018年08月08日

< e , , <絵日記+朗読>綾子先生と少女たち

見事な出来栄えでした。
<絵日記+朗読>綾子先生と少女たち――戦争末期の国民学校の一年をたどって
昨日が発表会でした。
午後1時と5時の2度です。
本当に、74年前の瀬田国民学校にタイムスリップした感じでした。
「朗読」という技術の奥行きを実感しました。
「絵日記」の「絵」についても、ある画家から、こんなほめ言葉をいただき来ました。
「上手いね。しかも、しだいに上達しているのが分かる」
来年もやりたい――関係者みんなの思いです。
できれば、もっと広いところで、もっとたくさんの人に見て欲しい、聞いて欲しい――方法を考えなければなりません。
何か可能な方法はないものでしょうか?
アイディアがあれば、是非、教えてください。
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2018年08月04日

朗読発表会 いよいよです

朗読劇「綾子先生と少女たち」―戦争末期の国民学校の一年をたどって
 
 発表会は、いよいよ7日です。
 3日、その仕上げともいえる練習会が開かれました。
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 物語の舞台は、太平洋戦争末期の昭和19年4月から20年3月にかけての、滋賀県大津市・「瀬田国民学校」。
 その5年智組(担任・西川綾子先生)の生徒たちが記した絵日記をもとに、当時の人々の暮らしをたどっています。
 4月の始業式に始まり、夏休み、秋の体練大会(運動会)、学芸会、そして、日々の勉強や掃除のことなど、学校生活の一年間が淡々と描かれています。
空襲や警戒警報、勤労奉仕、出征兵士の見送り、慰問状作り、肉親の戦死、疎開・・・と戦争が影を落としています。
そんな中で、少女たちは誓います。
「私たちは決戦下の少国民として、一生懸命勉強してお国のためにつくします」
 「いつもいつも、空に来ているB29を 一機でも私たちがたたきつぶしましょう」
 「先生に言われた仕事をし、先生のいいつけをよく守って 兵隊さんに負けないように頑張りましょう」
 「一生けんめいに勉強してお国のためにつくします。明日からみんなきばりましょう」

 「たなつもの 桃の木草も天照らす 日の大神の恵み得てこそ」(本居宣長)と唱和して始まった昼食、ブルマー、虫取りの杖、大詔奉戴日、勅語奉読、防空演習・・・たった70年前のことだのに、いまは忘れたられてしまったことばや行事の数々。
 しかし、おじいさんやおばあさんの子ども時代のまぐれもない現実でした。
 すでに80歳を超したおじいさんやおばさん――子ども時代にどんなことを考えていたでしょう?
「終戦の日」をまじかにして、ちょっと振り返ってみたいと思います。
 いまからでも間に合います。
 ご予約ください。
 なお、この朗読劇は、次の2冊をもとに、佐々木紀子が脚色しました。
 『戦争の時代の子どもたち』 吉村文成著 岩波ジュニア新書
 『1944-45 少女たちの学級日誌』偕成社
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2018年07月11日

<絵日記x朗読>「綾子先生と少女たちー戦争末期の国民学校の一年をたどって」

 「終戦の8月」がめぐってきます。
 日本が、アメリカなど世界の多くの国々と戦争をした――ほとんど信じられない思いですが、ほんとうにあったことです。もう80代になった,おじいさんやおばあさんの子ども時代のことです。
 「戦争の時代」って?
いったいどんな暮らしだったでしょう?
どんな学校生活だったでしょう?
どんなことを、子どもたちは考えたでしょう?
ちょっとだけ、おじいさんやおばあさんの子ども時代にタイムスリップしてみる。
そんな<絵日記x朗読>「綾子先生と少女たち――戦争末期の国民学校の一年をたどって」です。
発表会があります。
8月7日(火)午後1時から と 午後5時からの2回
場所は、チャイハナ光が丘(練馬区田柄5-14-19)。
どうぞ、ご連絡ください。
080−5197−8466(佐々木)
070−6559−3933(吉村)
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2018年07月06日

<絵日誌X朗読>「綾子先生と少女たち」発表会のお知らせ

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<絵日誌X朗読>「綾子先生と少女たち」ーー戦争末期の国民学校の一年をたどってーー
の発表会を開催します。
8月7日午後1時と午後5時の2度。
場所は、チャイハナ光が丘です。
ポスターを添付します。
出演の森田都さんはチャイハナの朗読の先生。
藤田恵子さんは、森田さんの前の先生でした。
佐々木紀子さんは、その生徒さんで、川柳作家です。
もとになった「戦争時代の子どもたち」(岩波ジュニア新書)は、
わたしが龍谷大学国際文化学部に勤めていたときにまとめた本です。
わたしよりちょっと年上ですが、実際にこの日誌を描いた少女たち
(いまは、ちょっとおばあさんたち)は瀬田で元気に暮らしていらっしゃいます。
遠いのが、残念です。


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2018年06月30日

練馬区の「救急情報キット」

先日開いたチャイハナ座談会「介活を考える」
そこで知ったことがあります。
練馬区の「救急情報キット」
冷蔵庫に入れておく、透明な円筒です。
中に入れる書類セットの指示があります。
1. 救急情報(かかりつけ医や持病、薬の内容などを記入)
2. 写真(本人の確認ができるもの)
3. 健康保険証の写し
4. かかりつけ医の診察券の写し
5. 普段飲んでいる、お薬の説明書の写し
これがあれば、いざというとき救急搬送と治療がスムーズにいく、という仕掛けです。
感心しました。
でも、いまは用意したキットがすべてなくなって「配れません」とのこと。
ちょっと残念です。

わたしの「介活」理論では、快活A(予防)から介活B(介護状態)に至る境界が介活C。
介活Bの「質」を決めるという維持で、決定的に重要です。
練馬区の「救急情報キット」は、その介活Cに迫る試みです。
「なくなった」などいってほしくないですね?
でも、です。
チャイハナ光が丘としていうなら、もっとベターな介活Cを考案したい――そんなことを考えています。
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2018年06月29日

日本国憲法と日米安保

ごく最近のことです。古くからの友人のブログに一文を寄せました。
「米朝首脳会談から思ったこと」がタイトルです。
実をいうと、7月5日のわたしの講座(?)「世界はいま」でお話しする予定で準備したことの一部です。
そのまた一部(後半)を、ここに公開してみます。
戦後の日本の歩みについての、わたしの基本的な(最近の)考え方です。
(4)から10)に飛んでいますが、そこのところは気にしないでください)、

1) ―−ここから、日本のことに移ります。
われわれ70代の人々は、だいたいですが、「いい時代に生きたな」ということをいいます。(裏に、「今の若い人たちの生きる時代は大変だな」という思いがあります)
「いい時代」は、単純には「右肩上がり」の時代だったということです。
2) しかし、もっと根本的なことがあります。
いま振り返って、わたしたちの「いい時代」の根本は、(平和)憲法と日米安保のセットが日本の存立の根本だった、と思うのです。
(平和)憲法については、諸説ありますが、わたしの考えは、日米合作です。あの日米戦争についての思いが重なったと思っています。
「もう2度と真珠湾攻撃のような(恐ろしい)ことはやらせない」という(主権者である)占領軍の決意。
「あんなあほくさい戦争は2度としたくない、そして、しません」という(占領下)日本側の思いと忖度。
しかし、軍備を放棄して国防はどうするのでしょう?
その疑問に答えるのが、日米安保です。
「アメリカが見てあげます」
   忘れてならないことですが、その「見てくれる」アメリカは、民主主義の本家であり、プロ野球があり、映画があり、NYがあり・・・少年時代のわたしから見ると、実は、とても魅力的な国でした。
3) 仮に両者がセットだと考えると、「憲法を守れ」は「日米安保を守れ」と同義です。
同様に、「(平和)憲法反対(つまり改正)」と同義なのは「安保(反対)」です。
4) ここのところを、わたしたちは長い間、勘違いしていました。
知識人も、マスコミもそうです。
平和憲法と(現実には存在しない)「非同盟中立」とをつないで、セットとしてしまったのです。
だから、「憲法を守れ」と「安保反対」が両立しました。
「安保大切」の人々が「改憲」を主張しました。
(どうしてそんなことになったか?
わたしの考えをいえば、現実を直視したくなかったということではないかと思います。
平和憲法と安保が国の基本であるというのは、実は、占領(属国)状態の継続です。
ところが、それが居心地がいいーー確かに「いい時代」でしたーーという現実がありました。それを見たくない。そんな願望から生まれた錯覚ではないでしょうか?)

10)錯覚や勘違いのことは別にして、平和憲法と日米安保のセットが成り立ったのは、西太平洋がアメリカの手中にあるという現実を踏まえてのことです。
11)そのアメリカが、トランプとともに後退し、太平洋の半分つまり西太平洋が「中国の海」になってしまったら、どうでしょう?
 中国の空母群が、我が物顔に日本近海を行き来する状況です。
 少なくとも、日米安保は機能しません。
12)では、日中安保でいきますか?
 現実に、まだ一部ですが、先物買いかどうか、中国に乗り換える言論や動きも見かけます。
 「同じアジアの仲間」と組もう、といった類の(ちょっと理屈にならない)議論です。
 あるいは、あの市場、あの規模、組めば儲かる、という議論もあります。
 日本がその方向に動き出したら、意外に早いと思います。
13)しかし、あの国には大きな問題があります。
 詳しくは書きませんが、要するに「国柄」が悪い、ということです。
 政治、人権、金権、社会・・・わたしたちが幼かったころアメリカに対して抱いたような「あこがれ」を感じさせるものが一つもありません。
14)それでも、仮に「中国の海」が実現したとすれは、「平和憲法」がある限り、日中安保は避けられないでしょう。
しかし、ほんとうに両立するでしょうか?
それでも「(平和)憲法を守れ」といえるでしょうか?
15)トランプとともに見えてくるようになった「アメリカの後退」は、日本の立ち位置を根本的にゆすっています。
そのことを前提に、憲法を含めて「この国のあり方」を根本から考え直す時期なのではないか、と思います。もちろん、(相当に長い)数年をかけてのことです。

念のため付け足しておきます。以上の考察は、わたしたちの「よかった時代」の日本は、憲法と日米安保のセットを立国の基盤としていた、という考えに立脚しています。そのうちの一方、日米安保が無効化したら、全体、この国の根本はどういう風に組み立てられるのだろうか、というのが問いです。
(追 中国の傘の下での平和憲法も、一つの選択です。「何があっても丸裸」――究極の平和主義ですね。また、ここでいう平和憲法は解釈改憲以前の状況における憲法を指しています)
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2018年06月01日

「介活」を考える

新聞社時代の後輩が発効しているWEBマガジンがあります。「探見」というタイトルです。依頼があり、記事を書きました。いってみれば、わたしの「活動法億」です。@チャイハナ光が丘の紹介A(最近の関心事である)「介活」について――の2本立てで書きました。後半の「介活」の項を紹介してみます。

・・・・
カフェを始めてからつくづく思うことですが、人間はだれでも「伝えたい情報」を持っています。
それを引き出す。そして、みんなの共有物とする。
そんな考えで始めたのが、チャイハナ・トークで す。ゲスト・スピーカーを迎えてお話を聞くのですが、ほぼ月に1度ですから、少なくとも、すでに 6、70 回は開催してきています。
そしていま、わたし自身かなりな程度に前のめりになっているテーマがあります。「介活」です。

6 月 19 日にはチャイハナ座談会「介活を考える」を開 催します。
一人ひとりが介護の経験や介護に関わる不 安を出し合い、そのことで「介活」について考えるきっかけになればと思っています。
それにしても、介活?
何でしょう?
実をいうと、ほんのひと月ほど前、お客様たちとの会話の中で、ふと思いついたことばです。何の気なしに、まるで独り言のようにいっていました。
「介活が必要だな」
「終活」ということばがあります。それでは不十分だという気持ちです。「終活」はいわば、この世と別れてあの世に行く準備活動です。しかし、それ以前に 介護生活があります。だれでも、いつ経験することになるかもしれない未来です。それに備える活動が必要ではないでしょうか。
そして、「介活」ということば が、ごく自然に浮かんできました。 それ以後、いらっしゃる方々に「介活」ということばをぶつけ、自分なりにも考えてきました。
このごろ思うのですが、介活にはまったく異なる 3つの局面があります。「予防」と「対策」、それ に「決断」の3局面です。
予防の局面を仮に「介活A」、対策の局面を「介活B」、そして、決断の局面を「介活C」とします。それぞれの局面について、必要な活動を整理してみました。
介活A=「健康生活引き延ばし」作戦
介活B=「楽しい介護生活」作戦
介活C=「決断の準備」作戦
介活Aの要点は、「介護生活にはいる時期をできるだけ遅らせる」です。とくに説明する必要はないでしょう。健康管理や養生法、住居の改造などについて、むかしからいわれてきていますし、お役所やマスコミが繰り返し、さまざまな技法を伝えています。自戒を込めて付け加えれば、過度な飲酒は避ける、歩くときは足もとに気をつける――といったことも大切です。また、見落としやすい点ですが、介護生活の先延ばし(つまり健康生活の維持)は、高齢者にこそ可能な、そして、望まれる社会貢献です。
それでも、どんなに用心しても、介護生活にはいる可能性のあるのが人生です。同じことなら、質の高い=楽しい介護生活を送りたい。人間として自然な願いでしょう。
そのための準備活動――それが介活Bです。
とりあえず、だれに看てもらうかという問題があります。ある程度見当をつけておく、そして、そ の意思を伝えておく。とても大切なことだと思います。親子で話し合う中で、子どもの家の近くに引っ越した方もいらっしゃいます。 公的な支援やそのための手続き、施設などについても、ある程度の知識が必要でしょう。終活の場合と同様、身辺整理も大切です。
しかし、実際の状況や思いは、一人ひとり違います。介活Bで大切なのは、一人ひとりが自分の置かれている状況に合わせて、自分自身の「楽しい介護生活」を構想することです。もちろん、人生は思うようにはならない、というのは大前提です。
介活Cに移ります。
これは、介活Aから介活Bの局面に移行する、その瞬間に備えた準備ということができます。時間的にはごく限られた時間が対象ですが、その後の介護生活の「質」を決めるという意味では、決定的に重要です。
この点で、提案してみたいのが、「介活カード」というアイディアです。まさしく、その瞬間に必要とされる情報を書き込む。保険証と同じように常時携行するようにすれば、いざというときにきっと頼りになるでしょう。
カードに必要な情報としては、身許や連絡先は当然として、延命治療についての意思表示があります。「楽しい介護生活」の見通しがあれば、延命は当然です。問題は、そういう可能性がほとんどない、と医師が判断したときです。延命か拒否かどちらが正しい、という話ではありません。ただ。自分の意思で決められるときに決めておきたいと思うのです。
可能な範囲で「最高の治療」が受けられるための情報も重要です。「行きつけの病院」が分かっていれば、救急搬送も早いでしょう。血液型や持病、用いている薬剤などの情報があれば、「その瞬間」 を受け持つ医師も、治療がしやすくなるでしょう。そんな「介活カード」の制作、配布を公的機関あるいは健康・寿命関連企業に提案してみたいという気がしています。どなたか、一緒にやってやろうという方はいらっしゃらないものでしょうか? 
いやはや、コミュニティカフェの紹介が、とんだ話題に飛んでしまいました。
でも、コミュニティカフェには、そのような対話と思考の場という側面もあります。いろいろな人が、いろいろな経験や意見を出し合う。そうする中で、見えてくる現代社会というのもあります。
「介活」が問題にするのは、残された「生」の質です。それを考えることは、未来に希望を探ることにつながっていると思います。 6 月 19 日(火)のチャイハナ座談会「介活を考える」は、午後 2 時から、チャイハナ光が丘で開催します。ちょっと覗いてみませんか?
コミュニティカフェ・チャイハナ光が丘   吉村
念のため「探見」をしょうかいしておきます。
『探見』18年6月号.compressed.pdf
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2018年05月06日

クリスタルボウル

夏。お寺の本堂。
和尚さんが、木魚を叩きながら、経を唱えています。
ときどき金属音もはいります。
半分うとうとーー眠ったような感じ。
それでも、縁の外からのセミの声が、和尚さんのお経に交じって聞こえてきます。
――そんな、子どものころの経験を思い出していました。
生まれて初めて、クリスタルボウルの演奏を聞きました。
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近所の奥さまです。
ぼあーんんんんーと続く、なんとも不思議な音です。
まったく抵抗感がありません。
その振動音に合わせて、奥さまは百人一首の和歌を歌い上げました。
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たったひとり、つまり、わたしだけのための音楽会。
「すごい贅沢」と思いながら、半分うとうとしていました。
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2018年03月30日

中國に反逆した北朝鮮

チャイハナ光が丘では、毎週最初の木曜に「世界はいま」と題して、その先月の国際情勢を話します。
怒ママしいことですが、講師はマスターです。
で、そのプレゼンを考える中で、とんでもないことを思いついてしまいました。
世界でまだだれもいっていない説だろうということで、ここに記しておきます。

朝鮮半島をめぐるさまざまな動きのことを考えていたら、とんでもないことを思いついてしまいました。これが真実だというのではなく、ある種の思考実験として提示してみます。
@ 金正恩の核やミサイルは、実は、「対米対決」を見せかけ(カモフラージュ)にした、「中国への反逆」だったのでないでしょうか?
A そうすると、豪華列車を仕立てた北京旅行は、恭順の意を表明する「謝罪旅行」だったことになります。

以下、この思考実験のプロセスです。
1) 大前提は、朝鮮半島の位置です。
鴨緑江まで韓国になったら、中国は大変です。
対馬海峡まで北朝鮮になったら、日本もアメリカも大変です。
そうすると、いまの分断状態が国際的には最適です。統一なんてことはあり得ません。
2) では、その現状維持はどのようになされているか?
基本的には{米.日.韓}vs{中.ソ.北}という対立関係で維持されています。
この{ }で注意してほしいのは、それぞれが対等ではないことです。
一方は、米が残る日、韓を支配し(逆にいえば、日、韓は米に従属し)、
他方は、中が大きく、ソが小さく「北」を支配する(北は従属する)という構造になっています。
このように考えると、日本と「北」の政治的立場は、(親分が違うというだけで)基本的には似たようなものです。
3) 以上を前提として考えると、「北」が核やミサイルを持つ意味は何でしょうか?
アメリカを相手にして何の意味があるでしょうか?
何の意味もありません。
しかし、相手が中国だと考えると、意味があります。
「従属を脱したい」
4) このことは、日本が核を持とうとした場合を想定すると分かります。「敵は中国」とかなんとかいってみても、米に対する明白な「反逆」です。別の言葉でいえば「(対米)従属を脱したい」と考えた時です。
5) 以上は、ことの成り行きを(筋道で)考えてみた、「思考実験」です。以下、傍証となりそうなことがらをあげます。
まず、叔父・張成沢氏の処刑です。張氏は、一応、北京派という評判でした。
同様に、マレーシアで暗殺された義兄・金正男氏も、中国の息がかかっている、という評判でした。
処刑も、暗殺も、金正恩が「中国支配への反逆」を考えていたとすれば、説明がつきます。
6) 結論です。
金正恩は結局、豪華列車を仕立てて北京に「お詫び旅行」に行きました。世界をあげての「圧力」の結果です。
東アジアは、朝鮮半島の38度線をはさんで2つの陣営が対立する、もとの「安定的な」状態に戻るでしょう。
いくらか変化があるとすれば、「北」に対する中国の影響力が圧倒的に強まることです。
そして、そのことの影響として、程度問題ですが、韓国に「中国に迎合する」動きが出てくることでしょう。
付随的に付け足しておくなら、トランプの「アメリカ・ファースト」は、厳密には「アメリカ・オンリー」です。
安定的な状態として紹介した2つの陣営の一方は、これから「親分」がますます信頼性を欠いてくることになります。
さて、日本はどうするか?
あらためて問われる段階が来るのではないでしょうか?
(以上、あくまで思考実験です。来週木曜のチャイハナ光が丘「世界は今」でぶつけてみようかな、と考えています)

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2018年02月01日

「風船(バルーン)大統領」

毎月第一木曜日は、「世界はいま」の発表があります。
先月の国際ニュースについてのわたしの解説です。
NHKカルチャーセンターでしていた講義を数年前に引き取ったものです。
同名のニュース解説は、いまはない「衛星チャンネル」という衛星放送テレビでもしていましたから、断続的とはいえ、30年続いてきた長寿番組です。
さて、1日は、その第一木曜でした。
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わたしが絞ったのは、1月20日に就任2年目にはいったトランプ米大統領です。
この1年の米大統領をどう評価すればよいのか。
「風船(バルーン)」大統領――わたしの行き着いた答えです。
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史上最高値をつけたダウ平均、雇用も好調、黒人の失業率も下がっています。
30日の一般教書演説では、「富と好機に恵まれた米国新時代が到来した」と誇りました。
いったい、何があったのでしょう?
「問題の先送り」いいかえれば「ツケ(負担)の先送り」です。
減税しかり、規制緩和しかり、大規模インフラ投資しかりです。
つまり、風船をフーフーと一生懸命に膨らませているようなものです。
でも、いつまでもは続かないでしょう。
いずれ、爆発します。
就任1年の2日、回転予算の行き詰まりで一部行政機関が閉鎖されました。
トランプ政権の本質を象徴するできことではなかったでしょうか?
「ツケの先送り」は、トランプ政権に限りません。
現代世界そのものに思えます。
posted by chaihana at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記