このブログはおもに3つのテーマがあり

@店長の前職(大学教授)時代の担当ゼミ生の『Yゼミ卒業論文集;先ごろ若者気質』
Aフィールドワークで地域の方々と資料をまとめた『瀬田国民学校 学級日誌』、
Bチャイハナの日々 です。
@ではありのままの若者像を、Aでは戦争の時代にあっても明るく過ごした子どもたちの様子を、Bではチャイハナの日々の様子をお伝えしています

2018年05月06日

クリスタルボウル

夏。お寺の本堂。
和尚さんが、木魚を叩きながら、経を唱えています。
ときどき金属音もはいります。
半分うとうとーー眠ったような感じ。
それでも、縁の外からのセミの声が、和尚さんのお経に交じって聞こえてきます。
――そんな、子どものころの経験を思い出していました。
生まれて初めて、クリスタルボウルの演奏を聞きました。
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近所の奥さまです。
ぼあーんんんんーと続く、なんとも不思議な音です。
まったく抵抗感がありません。
その振動音に合わせて、奥さまは百人一首の和歌を歌い上げました。
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たったひとり、つまり、わたしだけのための音楽会。
「すごい贅沢」と思いながら、半分うとうとしていました。
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2018年03月30日

中國に反逆した北朝鮮

チャイハナ光が丘では、毎週最初の木曜に「世界はいま」と題して、その先月の国際情勢を話します。
怒ママしいことですが、講師はマスターです。
で、そのプレゼンを考える中で、とんでもないことを思いついてしまいました。
世界でまだだれもいっていない説だろうということで、ここに記しておきます。

朝鮮半島をめぐるさまざまな動きのことを考えていたら、とんでもないことを思いついてしまいました。これが真実だというのではなく、ある種の思考実験として提示してみます。
@ 金正恩の核やミサイルは、実は、「対米対決」を見せかけ(カモフラージュ)にした、「中国への反逆」だったのでないでしょうか?
A そうすると、豪華列車を仕立てた北京旅行は、恭順の意を表明する「謝罪旅行」だったことになります。

以下、この思考実験のプロセスです。
1) 大前提は、朝鮮半島の位置です。
鴨緑江まで韓国になったら、中国は大変です。
対馬海峡まで北朝鮮になったら、日本もアメリカも大変です。
そうすると、いまの分断状態が国際的には最適です。統一なんてことはあり得ません。
2) では、その現状維持はどのようになされているか?
基本的には{米.日.韓}vs{中.ソ.北}という対立関係で維持されています。
この{ }で注意してほしいのは、それぞれが対等ではないことです。
一方は、米が残る日、韓を支配し(逆にいえば、日、韓は米に従属し)、
他方は、中が大きく、ソが小さく「北」を支配する(北は従属する)という構造になっています。
このように考えると、日本と「北」の政治的立場は、(親分が違うというだけで)基本的には似たようなものです。
3) 以上を前提として考えると、「北」が核やミサイルを持つ意味は何でしょうか?
アメリカを相手にして何の意味があるでしょうか?
何の意味もありません。
しかし、相手が中国だと考えると、意味があります。
「従属を脱したい」
4) このことは、日本が核を持とうとした場合を想定すると分かります。「敵は中国」とかなんとかいってみても、米に対する明白な「反逆」です。別の言葉でいえば「(対米)従属を脱したい」と考えた時です。
5) 以上は、ことの成り行きを(筋道で)考えてみた、「思考実験」です。以下、傍証となりそうなことがらをあげます。
まず、叔父・張成沢氏の処刑です。張氏は、一応、北京派という評判でした。
同様に、マレーシアで暗殺された義兄・金正男氏も、中国の息がかかっている、という評判でした。
処刑も、暗殺も、金正恩が「中国支配への反逆」を考えていたとすれば、説明がつきます。
6) 結論です。
金正恩は結局、豪華列車を仕立てて北京に「お詫び旅行」に行きました。世界をあげての「圧力」の結果です。
東アジアは、朝鮮半島の38度線をはさんで2つの陣営が対立する、もとの「安定的な」状態に戻るでしょう。
いくらか変化があるとすれば、「北」に対する中国の影響力が圧倒的に強まることです。
そして、そのことの影響として、程度問題ですが、韓国に「中国に迎合する」動きが出てくることでしょう。
付随的に付け足しておくなら、トランプの「アメリカ・ファースト」は、厳密には「アメリカ・オンリー」です。
安定的な状態として紹介した2つの陣営の一方は、これから「親分」がますます信頼性を欠いてくることになります。
さて、日本はどうするか?
あらためて問われる段階が来るのではないでしょうか?
(以上、あくまで思考実験です。来週木曜のチャイハナ光が丘「世界は今」でぶつけてみようかな、と考えています)

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2018年02月01日

「風船(バルーン)大統領」

毎月第一木曜日は、「世界はいま」の発表があります。
先月の国際ニュースについてのわたしの解説です。
NHKカルチャーセンターでしていた講義を数年前に引き取ったものです。
同名のニュース解説は、いまはない「衛星チャンネル」という衛星放送テレビでもしていましたから、断続的とはいえ、30年続いてきた長寿番組です。
さて、1日は、その第一木曜でした。
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わたしが絞ったのは、1月20日に就任2年目にはいったトランプ米大統領です。
この1年の米大統領をどう評価すればよいのか。
「風船(バルーン)」大統領――わたしの行き着いた答えです。
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史上最高値をつけたダウ平均、雇用も好調、黒人の失業率も下がっています。
30日の一般教書演説では、「富と好機に恵まれた米国新時代が到来した」と誇りました。
いったい、何があったのでしょう?
「問題の先送り」いいかえれば「ツケ(負担)の先送り」です。
減税しかり、規制緩和しかり、大規模インフラ投資しかりです。
つまり、風船をフーフーと一生懸命に膨らませているようなものです。
でも、いつまでもは続かないでしょう。
いずれ、爆発します。
就任1年の2日、回転予算の行き詰まりで一部行政機関が閉鎖されました。
トランプ政権の本質を象徴するできことではなかったでしょうか?
「ツケの先送り」は、トランプ政権に限りません。
現代世界そのものに思えます。
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2018年01月30日

ある東欧の女性の話

「あなたは、くじで当たりました。世界旅行です」
これが、出発点です。
東欧のある国、ある女性の話です。
「さあ、出かけましょう」
航空便を指定され、ある国(さしずめ南欧・スペインあたり)につきます。
指定のホテルに泊まると、男が携帯電話を渡し、その指図に従がって観光します。
楽しい外国旅行でした。
帰国して、しばらくして、また、連絡です。
「信じられないことです。また、当たりました」
また、指図に従って航空便に乗ります。
外国の都市をいくつか。
楽しい!?
ある国のあるホテルで一服していたときです。
「きれいなトランクにしましょう」
大きなトランクを渡されます。
中は、新しい衣料品でいっぱいです。
次に指定されたのが、日本です。
成田空港でちょっとトラブルがあって(省略)、税関を出るのが遅れました。
それでも、なんとかトランクを確保し、出入国のゲートを通りました。
人生が変わったのは、その時です。
「ちょっと、こちらへ」
入国管理官(女性)に別室を案内されます。
「あなたのトランクですね。開けさせていただきます」
(かなり省略)
トランクを(ナイフか何かで)切ります。
なかから、ビニール袋に包んだモノが出てきます。
「あなたのものですね」
「知りません」
「あなたの持っていたトランクですね」
――認めないわけには、いきません。
昨日、ある、東欧のことばの達人から聞いた話です。
典型的な「運び屋」のケースです。
取り調べや法廷で通訳をして、遭遇した実話です。
テレビドラマなら、国際的な大密輸組織を摘発するきっかけになるでしょう。
現実はそうはいきません。
「運び屋」の逮捕で終わります。
当局が欲しいのは、逮捕件数です。一件落着でいいのです。
さて、件の女性はどうなるのでしょう。
「しらない」
そんないいわけは一切聞かれません。
「運んだ」事実はあります。
4日間ほどの裁判員裁判、筋書きは検事や関係者の間でできています。
有罪判決が言い渡されます。
たいたいいつも「懲役10年」です。
ことばの通じない刑務所での暮らし。
淋しくつらい。
「大使館に連絡を取りたい」
弁護士はいいます。
「切手や封筒を買ってください」
その金がありません。
もともと弱かった頭。
ますますおかしくなってしまいます。
窓から外を見ていました。
つい大声を上げてしまいました。
看守の人たちが何人も飛んできて、ボコボコにやられました。
――繰り返しますが、東欧のある国にかつて留学した、その国のことばの達人の話です。調べなどの通訳を頼まれ、経験したことです。1件ではない、といいます。
――日本も、トランプの柵と無縁ではないと思いました。いや、アウシュビッツと無縁でない、というべきかもしれません。この27日は、ナチス・ドイツのアウシュビッツ収容所の解放73周年記念日でした。
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2018年01月27日

不思議新年会

 練馬区は、人口約72万人、(わたしの覚えている)鳥取県の約60万人よりもでかい。
 そのでかい名を名乗る「練馬エッセイクラブ」
 7,8年前に発足したころは、ちょっとやり過ぎかなと思っていた。
 でも、いまはまったく自然なネーミング。
練馬区の多彩な知性の集まり、くらいに思っている。
昨日(18年1月25日)は、その練馬エッセイクラブの新年会でした。
新趣向、「小話をつくってきて、自分で読み上げる!」
日本中、エッセイクラブ(の類)はたくさんあるにしても、声で発表というのは、そうはないでしょう(エヘン)。
(著作権を無視して)いくつか紹介します。

江戸っ子のAさん(80代半ば) 小咄 シルバー川柳
 歳をとるってぇのがいいことか、よくねぇことか時々考えさせられますねぇ。
 昔は長寿が何よりの幸福ってんで、偉い殿様がてめぇの長生きのためなら城や国まで売っちまったてぇ話がありますが、こんち日本では長生きってぇのが当たりめぇになっちまって、あまり有難られなくなっちゃった。
そこで、老人もだんだん贅沢になっちまって
日帰りで 行ってみたいな 天国に
   「延命は不要」と書いて 医者通い
 なんて言い出す始末、なあに、どうせ医者に行っても
   三時間待って病名「加齢です」――なんてぇところが落ちですかね。
 もっとも、元気に生きてはいても、所詮は
   起きたけど 寝るまで特に 用もなし
   立ち上がり 用事忘れて また座る
の毎日でさぁね。
 もっとも、万事に世知辛い今日び、それが老人に仁とっちゃ天国かみおしれませんがね。
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練馬エッセイクラブの新年会 その2
 93歳のご婦人 葛飾区から遠征です 
 タイトルは「イラスト」
 ――ペイント画面にマウスでひょろひょろと描いている。拡大しては修正に、縮小しては様子を見、小さな絵でもそれを何十回も繰り返す。時代に逆行する面倒なことが面白くたまらないのだ。
 あるパソコンの先生に「貴女は宇宙人だ」と冷やかされたことがある。ゲーム感覚ではまってしまった私は、目をしょぼしょぼにしながら描いている。
 老後、エッセイを手作りの本にし、余白に絵を入れ出した。次は5冊目となり、エッセイもさることながら、目下はイラストのことで頭がいっぱいなのだ。アイデアがなかなか浮かばない。だから、わたしはビラの絵でもこれはと思うアイデアはいただいている。・・・・
 でも、折角入れたイラストが、わたしの本をますます安っぽくしているかもしれない。
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(メモ、不思議なことです。人物の絵は、どうしても、ご本人に似るものです)

練馬エッセイクラブの新年会 その3
 同人には、活動力抜群の才人もいらっしゃいます。
 「お芝居もしてみたい」と、ちょっと挑んだオーディション。
 いきなり、かのハムレットのオフィーリア役を割り振られたというのです。
 「ぜひ、見にいらしてください」と結ばれた小咄は省略して、ポスターだけ紹介させていただきます。
 太宰治や志賀直哉、小林秀雄に大岡正平、そして福田恒存まで登場するポスターとは、どういうことでしょう?
そこでオフィーリアとは???
 ポスターはチャイハナ光が丘の伝言板にも張り出しました。
 わたしとしては、真ん中の、2月24日「トーク」の方も見て欲しい。
 数千人のユダヤ人の命を救ったといわれる杉原千畝。それができたのは、いろいろな人たちのネットワークがあったことを、あらためて知るでしょう。
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2018年01月24日

戻ってきた小銭入れ

わたしの小銭入れです。
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昨日(23日)です。
どの服のポケットにも、カバンのポケットをひとつづつ調べても、見つかりません。
ありそうな机上や棚も探しましたが、ありません。
自分の行動を振り返ってみました。
月曜(22日)午前、かなり早い時間に、近くのスーパー・イオンで買い物をしました。
そのときカバンから出して、支払いに充てたのを覚えていました。
もしかして???
雪の積もった昨日(23日)夕、イオンに寄ってみました。
サービスカウンターに案内されました。
小銭入れの紛失のことを話しました。
柄だの状況だの説明させられました。
すると、棚から持ち出してきたのです。
「従業員の方がカートの隅にあるのを見つけた」
とのことでした。

実をいうと、ほとんど希望はもっていませんでした。
わたしのモノであることを証明する方法すらないのです。
なにか、幸運を拾ったような心境です。
今年は、いいことがありそうです。
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2018年01月23日

雪のチャイハナ

2018年1月22日、東京は終日雪でした。
23日朝の光が丘の緑地です。
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鳥も避難していました。
なんでしょう?
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チャイハナ光が丘、前と後です。
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この間の(わたしの)労苦は、どうぞ、想像してください。
念のため、お隣の浜野クリニックの若い看護婦さんの協力を受けました。
ご近所の藤森さん夫妻も、(屋敷が広いこともあって)大変な奮闘でした。
人々の助け合いを感じた大雪でした。
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2018年01月14日

『この世界の片隅に』

昨日のことです。
練馬区にお勤めの中村問答(もんどう)さんが突然お見えになりました。
前々から、いろんなことでお世話になってきている方です。
黙々と、リュックおあけになります。
取り出してきたのが、3冊の本・こうの史代『この世界の片隅で(上、注、下)』と、そのCDです。
「いろんな人に見てもらってください。できれば、撮影会も」
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「感動した」とか「よかった」という情報はfacebookその他で何度か受け取っていました。
 機会があれば見たい。そう思っていた映画とその原作を一瞬に受け取ったことになります。贅沢と思います。
興味をお持ちの方、いつでも覗いてみて下さい。
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今日の報告。
この家の前の持ち主、栗原さん夫妻が突然、お見えになりました。御主人はガンの検査結果とかなんとかおっしゃりながら、お元気な様子です。
午後、インドの仏教僧・中村和尚とかつてラダックに一緒に行った渡辺さんがいらっしゃいました。
 あほだから、写真を撮ることを忘れていた愚かさ。
 ともあれ、『この世界の片隅で』全冊、いえ3冊そろっています。
邪魔しないから、読みに来てください。
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2018年01月13日

最後の講義

「アジアメディア文化論」の講義に関西に行っていました。
昨日、12日です。
この科目は今年度限りなので、関学での最後の講義です。
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古森勲、団藤保晴、そしてわたしの3人の講師が勢ぞろいしました。
打ち合わせのない、3人バラバラの授業でしたが、そのことでかえって、3倍増のお得感があったか、と思っています。
わたしが最後の最後に話したのは、「人類の未来」です(前の龍谷大学のときも、そうだった!)。

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「始めあるものは終わりあり」――絶対の真理です。
われわれは、後100万年もつだろうか?
10万年は?
1000年は?
100年は?
10年は・・・確実か?
・・・・
受講学生200人余。実は、出席簿の整理、レポートの採点だけでも大変です。
講義を終わって、団藤さんの行きつけの十三・得一に行きました。
朝日新聞神戸支局でほぼ40年前に一緒だった吉岡さんも駆けつけてくれました。
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いまごろになって知ることが、たくさんあるものです。

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2018年01月10日

2018年1月9日

2018年1月9日 昨日です。京都に行きました。
一昨年インド・ラダックの旅で知り合った金沢豊さんの講義のお手伝いです。
 金沢さんは、龍谷大学で勉強しているうちに僧侶になったという変わり者(?)。「なんでもいいから、学生たちのためになる話を!」という注文です。
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それで考えたのが、「わたしたちはどのような時代にいきているのか?」
人類の始まりから話して、いままさに(かつて梅棹忠夫のいった)情報化社会に入ったところだろう、情報化社会では、国家像、求められる能力などが、これまでとは違ってくるんだよ、という話をしました。
そして、頭脳の拡大と言語能力の獲得で始まった人類。いま、情報革命、AI革命と浮かれているが、これは、体外にもう一つの頭脳、もう一つの言語能力を獲得したということではなないのだろうか。それはつまり、ヒトがヒトを越えたということ。
そして、初めあるものは滅びる.・・・という真理。我々はいつまでつつくのだろうか? 100万年? 1万年? 100年? いや、核兵器が現実に多数存在し、原発が数百のけたでできてしまったいま・・・せいぜい何十年単位のはなしではないか?

そのあと、滋賀県の瀬田に行きました。かつて一緒に仕事をした、南大萱資料室という住民の地誌研究グループの人たちの歓待を受けました。「戦争の時代の子どもたち」(岩波ジュニア新書)の(昔)少女たちもメンバーです。「少女たちの学級日誌」(偕成社)をまとめた編集者の千葉さんも、同書の重版の報告に見えていました。DSCN3568.JPG
懐かしく、アットホームな集まりでした。
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夜、京都・三条の赤垣で、大学時代の仲間の石毛直道・元国立民族学博物館長(人類学)、瀬戸内烈司・元京大博物館長(霊長類学)と飲みました。4日に連絡したら、「赤垣取っとくよ」という話でした。
さすが元博物館長、カオが聞くんだな、と感心していました。
「いや、ここは今日がオープン。電話連絡もつかないし、午後5時前から行列に並んだんだょ」
これには、参りました。いまも、済まない気持ちでいっぱいです。
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夜行バスで、朝、東京着。
午前10時からは、快晴の光が丘公園のグラウンドを数周、チャイハナウォークです。
 午後は「名曲を歌う」、そして、5段ぐらいの先輩と碁を一局打って・・・ほんとに無茶苦茶なこの2日間でした。
 そして、まだ続きます。
 明日は、わたしの世界情勢観測「世界はいま」を1時間半(ただし、正月だから、琉大と同じような話にしよう)
 明後日(12日)は、兵庫県の関学国際学部で最後の授業が予定されています。
 元気だなぁ・・・いや、元気を出さなければ・・・本気です。
posted by chaihana at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記